・『学術一新 創刊号』頒布価格3,980円

・「西尾幹二―真贋に懸けた生涯」
日本学術機構代表理事 岩田温
西尾幹二の思想を「自己」「自由」「言葉」「歴史」「保守主義」という観点から読み解き、その思想家としての本質を考察するものである。西尾のいう自由とは、既成の概念や党派的分類に自己を委ねず、歴史や共同体への帰属という宿命を引き受けながら、自らの内なる声に従って決断することである。さらに、歴史は叙述者の視点を免れ得ず、言葉も個別的現実を完全には捉えられないという限界を持つため、「真贋」を問うことは、歴史や言説のみならず、それを語る人間自身の真贋を問う営みとなる。 西尾は左翼イデオロギーのみならず、形式化・硬直化した保守主義をも批判し、特定の思想体系に安住することを拒む。 したがって西尾は、単なる保守主義者やイデオローグではなく、自らの前提を不断に疑いながら、現実と対峙し、「真」を求め続ける思想家として位置づけられる。
・「若泉敬―勇気の人」
元警察大学校長 荻野徹先生
沖縄返還交渉で佐藤栄作首相の個人特使を務めた国際政治学者・若泉敬について、筆者自身の交流と回想を軸に、その人格と思想を「勇気」という観点から描き出したものである。若泉は、沖縄返還という国家的課題に私心を捨てて関与し、晩年には『他策ナカリシヲ信ゼント欲ス』を著して歴史の証言者としての責任を果たそうとした。 筆者は、若泉との邂逅や書簡を通じて示された「自滅亡国の兆」「真の人物・人材の払底」「権力の魔性」といった言葉を手がかりに、戦後日本の精神的・道義的空洞化への危機意識を考察する。さらに、小林秀雄のいう「勇気」を、時流に迎合せず、伝統を保ちながら現実に即して決断する力として捉え、若泉の生涯にその実践を見る。結論として、若泉敬は、困難な現実に対して一貫して責任ある決断を重ねた「勇気の人」であったと位置づけられる。
・「経済安全保障とエネルギー政策」
東京大学公共政策大学院特任教授 有馬純先生
経済安全保障の観点から日本のエネルギー政策を検討し、温暖化防止を過度に優先してきた従来の政策を再考するものである。エネルギー政策の根幹は、安全性を前提に、安定供給、経済効率性、環境適合を均衡させる「3E+S」にあるが、日本では2050年カーボンニュートラルや2030年46%削減目標の下、環境政策が安定供給とコストに優先されてきたと指摘する。 また、途上国の経済成長、気候資金をめぐる対立、ウクライナ戦争などの地政学的変化を踏まえれば、1.5℃目標の実現可能性には重大な疑問があると論じる。こうした状況下、第7次エネルギー基本計画が原子力と再生可能エネルギーの双方を活用し、安定供給を重視する方向へ転換したことを評価する。今後は脱炭素目標を絶対視せず、国民負担と産業競争力を勘案し、低廉かつ安定的なエネルギー供給を軸として政策の正常化を進めるべきであると結論づける。
・「自由民主主義におけるネイションの再評価の必要性」
九州大学大学院比較社会文化研究院教授 施光恒先生
新自由主義に基づくグローバル化が、経済格差の拡大、民主主義の機能不全、エリート層と庶民層の分断をもたらしていると論じ、その克服策を「リベラル・ナショナリズム」の観点から提示するものである。グローバル化によって資本や企業の国際移動が容易になると、各国政府は国民よりもグローバル企業・投資家の要求を優先し、民主的自己決定が弱体化する。そこで施は、自由民主主義とナショナリズムを対立的に捉える通俗的理解を批判し、自由、平等、民主主義、社会的連帯を支える基盤としてネイションを再評価する。 ポスト・グローバル化に向けては、資本・モノの国際移動への一定の規制、中間団体を基礎とする「調整型の政治」の復権、自由民主主義観の転換、「グローバル化」と「国際化」の区別を提唱する。 最終的に目指されるのは、国民国家を解体した単一世界ではなく、各国が固有の文化・伝統を維持し、自律的な民主政治を営みながら共存する「多様なネイションからなる世界」である。
・「日本政治史とは何か」
安田女子大学教授 竹本知行先生
日本政治史の方法論的意義について、司馬遼太郎の歴史叙述を手がかりとして考察するものである。政治史とは、過去の出来事を単に羅列するのではなく、その相互の脈絡を明らかにし、人間の政治的営為として歴史を理解する試みである。戦後日本ではマルクス主義史学が大きな影響力を有したが、司馬は歴史小説を通じて、それとは異なる国民的な歴史像を提示した。とりわけ『花神』において、幕末の長州藩を身分制を打破した「革命藩」、大村益次郎を近代的思想と軍事技術による革命の推進者として位置づけ、明治国家成立の物語を構築した。他方、そこには「明るい明治」と「暗い昭和」という司馬固有の史観に基づく史実の再構成も認められる。以上の検討から、日本政治史には、特定のイデオロギーから過去を演繹的に評価することを避け、厳密な実証を基礎としつつ、先人の選択を同時代的視点から検証し、個々の事実を共同体の歴史として解釈する姿勢が必要であると論じる。
・「心を捉える言葉―オーストリア自由党キルク党首の演説」
東京外国語大学非常勤講師 村瀬民子先生
2024年オーストリア国民議会選挙で第1党となったオーストリア自由党(FPÖ)のヘルベルト・キクル党首による選挙戦最終日の演説を翻訳・解説したものである。従来「極右政党」とみなされてきた自由党について、選挙結果を踏まえ、国民の一定の信任を獲得した政党として改めて捉える必要性を提示する。演説では、「オーストリア・ファースト」を軸に、既成政党批判、移民政策、中立外交、家族・教育・雇用・年金・医療、直接民主主義など幅広い政策が語られ、国家を「オーストリアという家族」と位置づける共同体意識が強調された。キクルが国民の不安や不満を巧みに言語化すると同時に、移民を一律に排斥せず、社会に統合された人々を包摂する姿勢を表明する。最終的に、祖国への愛着、家族的連帯感、平易で巧みな語り口によって国民感情を捉えたことが、自由党躍進の重要な要因であった。
